共同体と仲間意識

最近、デニス・テンというカザフスタンのフィギュアスケートの選手が、不幸な事件に巻き込まれて亡くなりました。その後、多くの選手、関係者が、SNSで悲しみや追悼の気持ちを表明されていました。“仲間を奪わないで”と書いた方もいて、私も心が痛みました。羽生結弦選手のコーチであるOrser氏は、“The skating community has lost a beautiful skater.”と書かれていました。スケート界は“コミュニティ”、つまり共同体であるとのこと。それなら選手たちがお互い“仲間”だと意識して当然でしょう。他にもお金のかかるスポーツはあるでしょうが、フィギュアスケートの場合、数少ない練習場の高額な使用料、さらに高額なコーチへの指導料、そして衣装代、遠征費など、たくさんかかります。もともと競技人口は多くなく、同じコーチに師事する、いわばきょうだい弟子がいるし、小さいころから一緒に合宿や試合に参加していたら、ライバルである以前に、おのずと仲間意識が生まれるのでしょう。そしてテン選手はお人柄もよかったようで、なおさら皆さんに惜しまれたのでしょう。こうした共同体で過ごされた方々は、成功した方もそうでない方も、苦しみの中に喜びを見出されたのではないかと思います。
 
さて、共同体とは、深く結びついている人々の集まりを意味します。地域社会、学校、そして会社などもそうですが、会社の場合、利益や機能が第一に追及される色彩があります。そこで働く人々に、近年の経済的・社会的環境の変化により、心を病んで来られる方々が少なくありません。
 
厚生労働省の「労働者の心の健康保持増進のための指針」には1)働く人本人がストレスに気づき対処する「セルフケア」。2)管理職などが職場環境等の改善や個別の指導・相談を行う「ラインケア」。さらに3)「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」、4)「事業場外資源によるケア」の4つがあります。私たちメンタルヘルスの専門家のケアとは、4)のことですが、それ以前に大事なことがあるのです。職場内に健康管理室があれば、利用していただきたいです。もちろん、自分自身で健康に気を配る必要があることは、いうまでもありません。
 
ここで往々にして問題となるのは、管理職、上司といった方々の存在です。そのような方が本人のメンタルヘルスの問題に気付いていない、さらにストレス要因となっているということがあります。他方、働く人自身が、上司にストレス状況を伝えきれていないこともあります。日本の会社は、長い目で人を育てていく風土がありました。しかし近年、非正規雇用が増え、短期的に成果を上げることが求められるなか、社内の雰囲気がよくなくなり、その影響が、メンタルヘルスの問題を深刻化させています。そして近年、「ストレスチェック」の制度が始まりました。メンタルヘルスの問題を、未然に発見するためのものです。
 
なかなか厳しい世の中ですが、働く人々が、同じ共同体にある仲間なのだという意識をもてるような環境で過ごせることを願っています。